近畿大学文芸学部准教授 金井啓子


 我謝京子監督のドキュメンタリー映画「母の道、娘の選択」を見た。2009年に完成し、東京国際女性映画祭やニューヨーク国際インデペンデント映画祭で招待作品に選ばれた映画だ。
我謝さんと私はロイター通信の同僚だった。同じプロジェクトで働いたことがあり、私がニューヨークを訪れた時に一緒にごはんを食べたり、彼女が大阪へ来た時にわが家に泊まってもらったりもした。 テレビ東京の記者として、ペルーの大使公邸占拠事件をはじめとするさまざまな取材で多忙な生活を送っていた我謝さんは、娘と過ごす時間をもっと取りたいと考えていた時に、ニューヨークのロイターで記者の仕事があると耳にした。テレビ東京を辞めて、娘を連れて渡米した。

 映画は、我謝さんと茶道の先生であるお母さんとの会話から始まる。厳しいお母さんに反発して小さな家出を繰り返した幼いころの自分や、娘との時間など、さまざまなことへの思いを我謝さんが語る。そして、テレビ東京時代の彼女を語る元上司、渡米直後に遭遇した同時多発テロを記者として報じた際の彼女の画像など、多角的に我謝さんという人物を浮き彫りにしていく。
と同時に、ニューヨークに住む日本人女性たちへのインタビューの様子も画面に表れる。渡米の時期や理由、あちらでの仕事など、彼女たちはそれぞれが異なった背景を持っている。ただ、共通していたのは、日本にいるよりもアメリカにいたほうが、選択肢が多くて自由だと感じているという点だった。 日本だって女性の社会進出がぐんと進んだし、人生設計も多様化している。だから一概に「アメリカは進んでる、日本はダメだ」などとは言いたくない。でも、やはり、女性が何歳になっていようと自分の生きたいように生きられる選択肢の広さは、どうやらまだまだかなわないようなのだ。

 もうひとつ印象的だったのは、幼いころから受けた母親からの影響を、それぞれの女性たちが今も少なからず残している点だった。
ある女性は、以前は自分の母親のように、学校を出て会社に勤めて結婚相手に出会って結婚して子どもを産んで「普通に」日本で暮らしていくことをごく自然に望んでいた。しかし、50代半ばで病死した母親の日記を読み、母親自身がそういう生活を望んでいなかったことがわかった。その時から、娘である彼女の生活も大きく変わったのだという。

 今回大阪で2日間だけドーンセンターで上映された映画を、近畿大学の2年生の女子学生二人とともに見た。「我謝さんって、とってもパワフルな人ですね」と、そのうちの一人が鑑賞後にもらした。「私はお母さんのことは大好きだけど、同じようになりたいというのとは違う気持ちを持っている」とも。
二人は来年、海外留学のために日本を留守にする。より多くの選択肢に出会って、パワフルさを身に付けるであろう彼女たちとの再会が今から楽しみだ。

(大阪日日新聞 2010年11月19日掲載 コラム「金井啓子のなにわ現代考 世界の現場からキャンパスへ」第17回「女性の選択肢 米にかなわぬ多様性」)