我謝京子監督の感動初作『母の道、娘の選択』のニューヨーク国際インデペンデント映画祭ダブル受賞、そしてフロントページ賞受賞を心より祝して

                              

前在マイアミ日本国総領事(現駐コスタリカ日本国大使) 並木芳治


  国際映画の殿堂都市ニューヨークで8月開かれた国際インデペンデント映画祭で、ロイター唯一の日本人女性テレビ記者である我謝京子さんの処女作『母の道、娘の選択』が、視聴者が選ぶ長編ドキュメンタリー部門の「観客賞」と併せ、映画祭審査委員会が推奨する「ベスト文化ドキュメンタリー賞」を一挙に受賞するという快挙の一報が飛び込んできた。いかにも我謝さんらしい華々しい映画監督デビューを先ずは祝したい。また、同じアメリカの地で勤務する者として率直に嬉しい思いがする。

  我謝さんとは、今年3月にマイアミで開かれた国際女性映画祭への同作品参加を機会に知り合い、ダウンタウンにあるキューバ人街リトル・ハバナ地区での試写会で今回受賞の映画を鑑賞させて頂いた。また、マイアミ滞在の折には後述するような、ペルー大使公邸不法占拠事件でも立場こそ違え共通の接点があり、当時の様子を回顧して話が和んだ経緯もある。

  今回のダブル受賞は、『母の道、娘の選択』を通して、21世紀の日本女性の姿や生き方をアメリカ社会に示し得たという意味で大きな価値があろう。本来、夫婦親子は共に生活するのが理想であろうが、世の中、なかなかそうはいかない事情もある。離婚のシングルマザーや未婚の母子像が話題を呼んで久しいが、これも一つの時代の象徴である。俗に、「子は父親の背中を見て育つ」というが、この映画では、「子は母親の胸を見て成長し、いずれ羽ばたく」と表現したい。「胸」とは、あふれんばかりの愛情であり、母の度量の大きさと視野の広さ、そして優柔不断の決断力である。子は母の生き方を最も近いところで直に観察し、自らの将来を選択する道を試行錯誤しながら歩む。母子愛をはぐくみながら、現実を直視した生き方の描写が素晴らしく、時代の先駆となるような示唆に富み、先見の明がある。日本の伝統的な考えを超えて、欧米型の生き方に近づく流れであり、マイナリティーの発想や偏見など散見されず、逆に堂々とした明快さが際立つ。我謝さんと同じ境遇におかれた世界中の女性たちに大いなる勇気と共感を確実に与えるところにも意義がある。

  鑑賞される前にあまりストーリーに触れると興味がそがれてしまうので控えたいが、85分の長編作品でありながら「中だるみ」のような箇所がなく、場面の切り替えが見事で、流れが追随するテンポのよいスタイルをとる。処女作とは思えないような入念なタッチで個性ある人物像の描写が次から次へと進む。老若男女を問わず、視聴者に大きな感動を残すほど見応えがあろう。正直のところ、このような映画を今まで鑑賞したことはなかった。

  今でこそ観念的に定着しているが、我謝さんが学業を修了して社会に目を向け始めた当時は、男女の雇用機会均等法が施行された直後で、世相にも厳しいものがあった。そんな風潮を逆に「追い風」とでもするかのように、マスコミの世界に彼女が大胆不敵にチャレンジしながら突進していく姿が実にたくましく、同時に微笑ましい。和服姿で街を足早に闊歩する様子には文化・習慣のギャップを感じざるを得ないが、そんな彼女であるからこそ、現代の日本女性の社会的地位の向上や労働環境の改善に一役買うパイオニアの一人になり得たのであろう。しかも、垂涎の的・花形ニュースキャスターという斬新な分野で、男勝りのエネルギッシュなリポーターとして日夜活動を続け、現在はニューヨークの中心街から国際経済、金融株式市場の動向、はたまた政治・外交にいたるまでホットな情報を世界に向けて流暢な英語で矢継ぎ早に発信する。経済界や財界などに「我謝ファン」が多いのが容易に想像がつく。

  国際ジャーナリストへと飛躍する転機となったのが、1996年12月に南米ペルーの首都リマで突発した日本大使公邸を舞台にする不法占拠・人質事件ではなかろうか。天皇誕生日を祝して行われていた華美なパーティが瞬時にして戦場と化けした事件であったことは、一部の読者の記憶にも留まっていよう。命がけで生んだ幼い愛娘を東京の親元に残し、母・京子は、リマ入りし、ペルーの武装左翼ゲリラと日系出身世界初のフジモリ大統領との熾烈な交渉や軍事対峙する様子を最前線で取材し、刻々と変化する現場の状況を実況放送で日本の視聴者にリポートしている。4か月を超える長期戦の結末となる激しい双方の銃撃戦では、身を地に挺して大難を回避している。この間、愛娘との永遠(とわ)の別れが彼女の脳裏をかすめ、最悪の事態を心の中で覚悟したと言う。ひとたび死と隣り合わせを経験した者ほど命の尊さを知る人はいない。この辺になって母・京子と娘・アンナの愛情に満ちた母子関係が鮮明さを増してくる。アンナさんは当時4歳、可愛い盛りであった。

  我謝さんの活躍は、この程度では終わるはずもない。日本でのジャーナリストとしての生き方では飽き足らず、愛娘を連れて今度はニューヨークのマンハッタンへ飛び、「グローバル・メディア」を社のレゾンデートルとする国際的知名度の高いロイター通信社に籍を置く。日本人女性唯一のテレビ記者である。それから数か月後、今世紀史上、最も悲惨なワールド・トレードセンタービルが一瞬のうちに崩壊した9.11同時多発"攻撃"事件(注:ロイター社は、同事件を"テロ"という表現を使わず、"攻撃"と呼んでいる)に遭遇、仕事と並行して、この事件をまた一つの契機に、成長を続ける愛娘との絆(きづな)を何よりも大切にした情景が描写されている。バリバリのキャリア・ウーマンの実像が、娘の自由闊達な生き方、選択肢を広げた将来の可能性を尊重する形で、母子の愛情が目に飛び込む場面が多く登場する。こうした一連の過程がタイトルにあるような『母の道、娘の選択』の主題であろう。監督・我謝さんは、母とはご自身、娘はご自身の宝娘というアングルで映画化しているが、うがった見方をすれば、女性親子3代が各々に二重写しされていると見て取れなくもない。古風漂う我謝さんの母の存在が、これまた、いぶし銀のような渋さを放ち、娘・京子の背中を後押しする様子が随所で見られる構成にも興味をそそられる。

  ニューヨークに駐在して同じような境遇で活躍するエリート女性の面々が次々と登場するのも見逃せない。華やかな交友録をお持ちの我謝さんならではの独創性に富む手法で、いずれも知的魅力にあふれ、センスの優れた美人像が並ぶ。英語力を巧みに駆使して職業観や生活実態の独自のコンセプトが生き生きと表現されている。ここでは我謝さんは、インタビュアーとコメンテーターの二役を務めながら、ニューヨークで強く生きる同性女性群のサクセス・ストーリーが断続的に紹介されている。そこにおいては、各専門分野でイニシアティブを発揮する国際的女性実業家の人生観を垣間見ることができ、視聴者に大きな勇気を与えていよう。

  マイアミ国際女性映画祭を前に、ジャーナリスト兼プロデューサーである我謝さんのホームページを読むにつれ、その魅力に圧倒されて、南フロリダに駐在する日本人ビジネスマンともども公邸に招き、国際色豊かな彼女を囲みながら、「グローバル・メディアの現場から」と題して貴重な体験談や今回映画を制作するに至った動機、苦労話などを披露して頂いた。短時間ながら密度の濃い語りの内容に彼女のアイデンティティが凝縮され、皆一様に強い印象を受けたことは想像に難くない。

  我謝さんには、私のゲスト・ブックに次のようなメッセージを残して頂いた。「幸せの道はひとつではない。一人で悩まなくていい。このメッセージを映画『母の道、娘の選択』を通して伝えることができて、とてもうれしいです」。

シンプルにして実に含蓄に富むこのメッセージは、今日の日本社会、そればかりか広く国際社会が置かれた社会各層や各年齢層に向けた励ましの言葉と受けとめたい。各映画には主要な訴求対象層があるなかで、この映画では時代の変遷に伴った女性観や国際観を反映したところに制作者のエッセンスが包含されている。聴衆万人に共通するというには無理がある。高校生や大学生の若者が見れば、将来の人生指針を設定する上で、大いに参考となり役にたつ。特に国際派志望であれば殊更である。寂寥感や孤高を感じる中年女性層にとっては、なかば人生の岐路でポジティーブな生き方を求め、転換したくなるような作品である。ただし、間違っても怠惰な人には、この映画に魅了されたからといって、現状から逃避し、トラバーユしてみようなどと安易に考えない方が賢明である。我謝さんの日常の努力や勤勉さなど推察しただけでも、計り知れない大きさがあるからである。彼女には無尽蔵のシンクタンクのようなキャパシティが確実にある。

  今回、我謝監督の第一作『母の道、娘の選択』は、ニューヨーク国際インデペンデント映画祭で、視聴者の絶賛を得て「観客賞」を獲得し、併せてプロの映画審査員が選ぶ「ベスト文化ドキュメンタリー賞」のダブル受賞に輝いた。心より賛辞を贈りたい。昨年の第22回東京国際女性映画祭に次ぎ、今度はワールド・ワイドの高い評価である。しかも一挙に2つの受賞である。国内から世界に向けた飛翔の証しであり、彼女のこれまでの艱難辛苦な人生の軌跡と同じくする。ドメスティックからグローバルな世界への大いなる飛躍である。アメリカのプロフェッショナルな映画界が我謝作品を認知したこと自体、大変素晴らしく、画期的ですらあるが、それにも増して、40年余りにわたり我謝さん自身が、独自の道を自らの努力で切り開いてきた賜物、これまでの集大成がこの映画に凝縮されていると思うと、最大級の称賛の辞を重ねて贈りたい。仕事に対しては、常に真摯な姿勢でたゆまぬ情熱を注ぎ、一人娘には不変の深い愛情をもって接しながら成就したプロセスこそに真の価値があろう。これこそが我謝流セルフ・アイデンティティの確立である。

  今回の受賞により、改めてスタート地点に立ったことになる。これから女性勝負師・我謝さんが面目躍如できるか正念場を迎える。どれだけのアメリカ国民が、そして世界の人々が、この作品を鑑賞し、どのような反応や評価を与えるかにかかっている。これを克服してこそ、監督・我謝京子は、ひとまわりも二回りも成長し、今年でちょうど150周年を迎える日米交流史のなかで、映画という世界を通じ、日米文化の架け橋の一人として、仲間入りできることになる。

  このたびのニューヨークでのダブル受賞、そしてニューヨーク女性記者クラブからのフロントページ賞を祝福しつつ、我謝京子さんが、日米交流の文化の伝道師として、今後とも大活躍されることを心から願ってやまない。
同時に、ニューヨークのハイスクールに通う愛娘アンナさんが、母を身近な手本に健やかに成長され、将来、母を凌駕するような立派な国際派女性として晴れがましい道を歩まれ、幸せな人生を送られることを期待したい。
  本当におめでとうございます!